「どうせウチでは無理…」その思い込みを、変革の力に。地方建設業が拓く働き方の未来
「DXは、ITに強い一部の人のためのもの」「うちは昔ながらのやり方が一番」
そんな風に感じていませんか?特に、現場作業が中心となる建設業界では、デジタル化への心理的なハードルは高いかもしれません。
しかし、山口県下松市に本社を置く、有限会社ヤマモト工業は、まさにその思い込みを覆しました。深刻な人手不足と旧来の業務プロセスという課題に直面しながらも、DXを「社員全員が安心して長く働ける環境を作るための手段」と位置づけ、改善を成し遂げたのです。
「見て覚えろ」の文化から、誰もが学び活躍できる現場へ。同社の挑戦は、業界や企業の規模を問わず、すべての変革を目指すリーダーと従業員に、勇気と実践的なヒントを与えてくれるはずです。
導入企業情報
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導入前の課題(ビフォー)
【膨大な紙図面とコミュニケーションロス】
現場では、時に数百枚にも及ぶ紙の図面を持ち歩き、確認作業を行っていました。図面の変更や工程調整の連絡は電話や対面が中心で、リアルタイムな情報共有ができず、手戻りやミスの原因となっていました。
【煩雑すぎる手書きの日報】
勤怠や作業内容を記録する日報は、現場ごとにフォーマットが異なる手書きの紙でした。翌月になると、各現場から集まった大量の日報を総務担当者がExcelに転記・集計する作業に、膨大な時間と労力がかかっていました。
【製作と現場の連携不足】
工場での製作部門と現場の施工部門で管理システムが異なり、出荷情報がリアルタイムで伝わらない状況でした。そのため、現場で出荷品の仕様や数量を誤認するリスクがあり、作業効率と品質に影響を及ぼしていました。
取り組み内容・導入したDX施策 (アクション)
これらの課題を解決するため、同社は現場・工場・総務からメンバーを選出し、プロジェクトチームを結成。外部の関係機関とも相談しながら、以下のDX施策を段階的に導入していきました。
【タブレットと図面共有アプリ「CheX(チェクロス)」の導入】
現場にタブレットを導入し、図面を完全にペーパーレス化。これにより、数百枚の紙図面を持ち歩く必要がなくなり、変更があれば現場でリアルタイムに最新情報を確認できるように。問題箇所は写真を添付して即座に共有できるようになり、コミュニケーションがとてもスムーズになりました。
【三次元測定器の導入】
これまで熟練の技術者がメジャーを使って行っていた配管の寸法測定に、三次元測定器を導入。これにより、未経験者でも簡単かつ正確に製品の形状や寸法を測定できるようになりました。測定データはPC上で立体的に確認できるため、若手社員や女性社員でも製品イメージを掴みやすくなりました。
[三次元測定機] |
[三次元測定機作業] |
【QRコードによる進捗・出荷管理】
製作した配管一つひとつにQRコードを付与し、進捗や出荷状況を管理。現場では、作業者がスマートフォンでQRコードを読み取るだけで、必要な製品情報に即座にアクセス可能に。これにより、ヒューマンエラーが大幅に削減され、製品の取り違えといったリスクを解消しました。
[QRコード] |
[QRコード配管取付] |
【独自のWebシステム導入による日報・勤怠管理の自動化】
日報や勤怠管理を、スマートフォンやPCで各自が直接入力できる独自のWebシステムを開発・導入。これまで手書きとExcelで行っていた集計作業が完全に自動化され、総務部門の負担を大幅に軽減しました。
導入後の成果・効果 (アフター)
定量的成果
【コスト削減】
図面のペーパーレス化により、印刷・製本にかかるコストを大幅に削減。
【作業時間の大幅短縮】
QRコード活用により、製品の確認作業にかかる時間が3分の1に軽減されました。
【バックオフィス業務の大幅な効率化】
日報の自動集計により、総務部門の帳票作成業務が「2人で1週間かかっていた作業」から「1人で5日の作業」へと約半減されました。
定性的成果
【多様な人材の活躍と女性雇用の拡大】
デジタルツールの導入により、これまで「体力勝負」「経験がものを言う」とされてきた業務のハードルが下がりました。特に三次元測定器などは、未経験の女性でもすぐに使い方を習得でき、製造部門で活躍する女性社員が4名に増加。「自分にもできる」という自信が、新たな人材を惹きつけています。
【柔軟な働き方の実現と人材定着】
テレワーク制度を導入し、育児や療養中の社員が、休職することなく仕事を続けられる環境を整備しました。「子供の看病をしながら在宅で働けるのは、本当に助かる」という声も上がっており、社員が安心して長く働ける職場づくりが、人材の定着に繋がっています。
【全社的な連携強化とエンゲージメント向上】
情報共有がリアルタイムかつスムーズになったことで、現場と管理部門の連携が強化。DXを推進する過程で社員の声を丁寧にヒアリングしたことも、会社への信頼と「自分たちの手で職場を良くしていく」という当事者意識を高めました。
成功のポイント・工夫した点
同社のDXが成功裏に進んだ背景には、単にツールを導入するだけでない、従業員ファーストの工夫がありました。
「みんなが使えるようになるまで待つ」という、人に寄り添う姿勢
導入当初、特に年齢層の高い社員からは「デジタルは難しい」「紙の方が慣れている」という不安の声が上がりました。それに対し、経営陣は「急に変えるのではなく、少しずつ慣れてもらう」という方針を徹底。操作をシンプルにする、試験期間を設けて個別にサポートする、さらには若手社員がベテラン社員に教える体制を作るなど、誰も置き去りにしない丁寧なアプローチを続けました。その結果、「案外簡単だね」「わしでもできる」という声に変わり、社内全体が前向きな雰囲気に包まれました。
「新しい人」の前に「今いる人」を大切にする経営
深刻な人手不足に悩む中で、同社は「新しい人材を採用する前に、今いる社員がいかに長く安心して働ける環境を作るかが最優先だ」という考えを持っています。全社員へアンケートを実施し、働きやすさへの要望を真摯にヒアリング。この「社員を大切にする」という経営の強い意志が、DX推進の大きな原動力となりました。
DXを「女性活躍のきっかけ」として明確に位置づけた戦略
「人手が足りないなら、これまで活躍の場が少なかった女性にも来てもらえる環境を作ろう」。DXの目的を業務効率化だけでなく、女性の雇用拡大に明確に定めたことが、採用の成功に繋がりました。「力仕事や専門知識がなくても、ものづくりに挑戦できる」というメッセージが、多くの女性の心を動かしたのです。
今後の課題、取り組み:より柔軟で、創造的な働き方を目指して
同社の挑戦はまだ道半ばです。今後は、さらにDXを活用して「現場の見える化」を進め、安全管理や品質管理の精度を高める仕組みづくりに挑みます。
さらに、大きなテーマとして掲げているのが「技術伝承のデジタル化」です。これまでの「見て覚えろ」という職人的な指導方法では、若手の育成に時間がかかり、教える側にも負担がかかります。そこで、熟練の技を動画で撮影し、QRコードでいつでも誰でもスマートフォンから学べる仕組みを構築したいと考えています。これにより、若手や未経験者が自ら学ぶ機会を創出し、人手不足の中でも効率的な人材育成を目指します。
「『うちには無理かも』と思っている企業こそ、まずは身近な業務からデジタル化してみることが、改革の第一歩になると思います。弊社も社員の声を聞きながら、これからもチャレンジを続けていきたいです」(ヤマモト工業 山本綾子氏)
有限会社ヤマモト工業の事例は、DXが単なるツール導入ではなく、企業の文化や働き方を根底から変革し、従業員の「働きがい」と「企業の成長」を両立させる力強いパートナーであることを示しています。あなたの会社では、社員一人ひとりの声に耳を傾け、共に変革への一歩を踏み出す準備はできていますか?
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