「監視カメラ」が「お守り」に。IT好き社長が自ら切り拓く、あさひ製菓の「データと愛」のDX経営
「現場から毎日送られてくる大量の日報、そのすべてに目を通し、小さなSOSを見つけ出すことができていますか?」 「多店舗展開ならではの、物理的な距離によるコミュニケーションロスに頭を悩ませてはいませんか?」
多くの経営者や管理者が直面するこれらの課題。山口県を拠点に100年以上の歴史を誇る老舗菓子店、あさひ製菓株式会社は、ITに精通した社長の強力なリーダーシップのもと、DX(デジタルトランスフォーメーション)で解決しました。単なる業務効率化に留まらず、従業員の約8割を占める女性たちが安心して働き続けられる環境を整備。 「お互い様」という温かい企業文化をデジタル技術でさらに強化し、企業の成長へと繋げたのです。今回は、同社の挑戦をご紹介します。
導入企業情報
あさひ製菓 坪野社長 |
企業名: あさひ製菓株式会社 業界:卸売業・小売業(和洋菓子・パン製造販売) |
導入前の課題(ビフォー)
かつて同社は、多くの多店舗展開企業と同様の課題を抱えていました。
【物理的な距離の壁】
県内に47店舗が点在し、全店舗を巡回する「臨店」には4〜5日を要していました。 これでは、各店舗のきめ細かな状況把握や、タイムリーな指示が困難でした。
【アナログ業務の限界】
膨大な量の紙資料、月に何十万円にもなるコピー代、繰り返される手作業でのデータ転記など、非効率な業務が常態化していました。
【見えない経営数値】
売上などの経営データは、月が終わってからでないと分からず、迅速な経営判断の妨げとなっていました。さらに、POSデータはあってもデータ量が膨大すぎて、Excelでは分析できない状態でした。
【人材の流出】
従業員の8割が女性で、結婚や出産といったライフイベントを機に優秀な人材が退職せざるを得ないケースが多く、会社にとって大きな損失となっていました。
取り組み内容・導入したDX施策 (アクション)
これらの課題に対し、坪野恒幸社長自らが旗振り役となり、次々とDX施策を打ち出しました。社長自身が大学で情報技術を学び、社会人経験でプログラミングも経験していたことが、この改革を強力に後押ししました。
【Webカメラによる「見守り」】
店舗にWebカメラを設置。本社からリアルタイムで各店舗のディスプレイや接客の様子を確認し、的確な指示を出せるように。これにより、臨店にかかる時間とコストを大幅に削減しました。
【Microsoft Teamsによる情報共有基盤の構築】
全従業員にアカウントを付与し、情報共有やリモート会議、スケジュール管理のハブとして活用。これによりペーパーレス化が劇的に進んだほか、社長のスケジュールも全社員に公開され、風通しの良い組織文化の醸成にも繋がりました。
【BIツール(Power BI)の内製化】
最も特徴的なのが、社長自らBI(ビジネスインテリジェンス)ツールを開発したことです。 POSデータや勤怠データ、販売日報などを統合・可視化するダッシュボードを構築。これにより、リアルタイムでの売上分析や精度の高い需要予測が可能になりました。
【生成AIによる「文字情報」のDX】
各店舗から毎日上がってくる販売日報。その膨大なテキスト情報の中から重要な報告(商品の品質問題など)を見落とさないよう、生成AI(Grok)を活用して日報の要約と分析を自動化。問題の兆候をAIが検知し、見落としというヒューマンエラーを防ぐ仕組みを構築しました。
[BIツールのダッシュボード画面]
導入後の成果・効果 (アフター)
一連のDX施策は、目に見える形で大きな成果を上げています。
【労働環境の劇的改善】
残業時間が30%削減(前々年度比)。有給休暇取得率が約70%に向上。
【従業員エンゲージメントの向上】
リモートワーク環境が整備され、結婚・転居後も優秀な社員が働き続けられるように。離職率が低下しました。当初は「監視されているのでは」と不安の声も懸念されたWebカメラが、お客様とのトラブルやカスタマーハラスメントの客観的な証拠となり、逆に「従業員を守るお守り」として認識されるようになりました。
【経営の高度化と協力体制の醸成】
BIツールによる精緻な需要予測で、チャンスロスや廃棄ロスが削減されました。Teams上に作られた「助け合いボード」では、「今日、人手が足りません!」というSOSに対し、部門を超えて「手伝います!」と自発的にフォローに入る文化が生まれ、会社全体の一体感が強まりました。
[残業時間の改善を示すグラフ]
成功のポイント・工夫した点
あさひ製菓のDXは、なぜこれほどの成功を収めたのでしょうか。その秘訣は、テクノロジーと人の心が両輪となって回っている点にあります。
【ITに精通した経営トップの強力なリーダーシップ】
坪野社長が自らBIツールを開発し、AIの活用法を研究するなど、トップが誰よりもDXの価値を理解し、情熱を持って推進したことが最大の成功要因です。 「紙で報告」ではなく「データ報告」というトップの姿勢が、全社の意識改革を加速させました。
【「お互い様」の企業文化とデジタルツールの見事な融合】
もともと根付いていた「困った時は助け合う」という社風を、Teamsの「助け合いボード」というデジタルツールで可視化し、さらに活性化させました。 ツールはあくまで文化を支える手段であり、その根底には人を思いやる温かい心が流れています。
【従業員の不安に寄り添う丁寧なコミュニケーション】
Webカメラ導入の際には、経営陣も従業員の心理的抵抗を懸念していました。しかし、「これは監視ではなく、皆さんをトラブルから守るための『見守り』です」と丁寧に説明を重ねることで理解を得ました。結果的に従業員の安心感につながり、導入はスムーズに進みました。
[Teamsの「助け合いボード」]
今後の検討課題
「新しい技術が好きなんです。やってみないと分からないですからね」と笑顔で語る坪野社長。 その挑戦は止まりません。今後は、これまで蓄積してきた膨大なデータを活用し、生成AIやデータサイエンスの力でさらに一歩進んだ経営を目指しています。
「どのチラシが、どのタイミングで、何色だったら一番売れるのか?」
そんな仮説までデータで検証し、販促活動の最適化を図ろうと、社長自らが大学のデータサイエンティスト講座で学びを深めています。 この探求心こそが、あさひ製菓がこれからも進化し続ける原動力なのです。
[果子乃季の店舗風景]
今回のあさひ製菓の事例は、経営トップの強い意志と、従業員を思う温かい心が、デジタル技術といかにして融合し、企業成長の力強いエンジンとなり得るかを見事に示してくれました。あなたの会社では、日々蓄積される業務日報や売上データを、「未来を予測する宝の山」に変えられているでしょうか。まずは、身近な業務の「見える化」から、DXの第一歩を踏み出してみませんか?
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